2007年11月24日

やおよろずの国

まだ11月です。

でも、街はすっかりクリスマス

お店の前にはサンタクロースクリスマスツリーが飾られ、
あちこちからクリスマスソングが流れてきます。

北海道や東北地方はもう大雪ですが、ここ関西は、冬というより、まだ秋。

クリスマス気分になれるのは、まだ先です。

それにしても、日本っておもしろい国です。

都心はクリスマス一色なのに、いまピークなのは紅葉狩り。

この前、京都に行ってきましたが、すごい人でした。

和洋折衷。

こんな日本を「ポリシーがない」「節操がない」という人もいますが、わたしは、こういう「あいまい」なところが、日本の良さだと思うんです。

日本は、世界的にもめずらしい、八百万の神を認めている国です。

あらゆる宗教を否定しないのはもちろん、山にも川にも海にも「神様」がいる。

山を神に見立てる山岳信仰や、島や岩、海に神が宿るという海洋信仰、とにかく、いたるところに神様がいます。

お葬式は仏教なのに、結婚式はキリスト教、お正月とクリスマスを両方楽しむ。

こんなに宗教をごちゃごちゃに受け入れている国って、日本くらいなものだと思います。

確かに、これといった信念のない、宗教にいいかげんな国に見えますが、このゆるやかさが、日本のいいところだと思います。

これだけが正しい、ほかは間違っている。

そんな価値観があふれると、世の中はとても生きづらくなるような気がします。

ファジーなところがいいところである日本。

ですが最近、いいかげんなもの、あいまいなものを受け入れない傾向が強くなっているように感じます。

いいかげん=悪

ほんとにそうでしょうか。

いいかげんなものを、あったかく見守る。

それが日本らしいと思います。

posted by 朋美 at 22:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

小沢さん騒動

時間がすごいスピードで流れています。

ほんの2、3日前まで、民主党の小沢さんの辞任、一転して続投のニュースが世の中を席巻していたのに、もう新聞の一面は別のニュースになっています。

法案が一本も通っていない、
衆参両院で第一党が違う、という状況を考えれば、
これは日本を巻き込んだ大騒動になってもいいような出来事なのに、
なにかもう、国民の興味はほかに飛んでいるような気がする。

つくづく日本って、一般市民が政治について騒がない国だなあ、と思います。


わたしは、いまの政治を、とても危ういなあ、と感じています。

不安定だから、人材不足だから、という理由ではありません。

政治家と国民と、見ているものがあまりにも違いすぎるのではないか、という意味で、危ういなあ、と思っています。


そのいい例が、自衛隊の派遣問題。


つい先月まで、自衛隊がインド洋で補給活動をしていましたが、
これは「不朽の自由作戦」という、国際的なテロ阻止活動に協力するため、でした。


政治家のみなさんは、なんとかこれを継続しようと躍起です。

でも、どうしてこれほど躍起にならなければいけないのか?

わたしには、どの説明を聞いても、その理由が分からないのです。


国際社会に批判されるから、などと言われますが、
本当に批判されてしまうのでしょうか。

テロ特措法の期限が切れ、自衛隊はいま補給活動をストップしていますが、このことについて
「日本はけしからん!」と目くじらを立てた国はあったでしょうか。

アメリカが「早く補給活動を復活させてほしい」と言ったくらいではないでしょうか。

そもそも、補給活動をストップしたくらいで、世界第2位の経済大国・日本は、国際的な仲間はずれになってしまうのでしょうか。

クエスチョンだらけなのです。

なのに、政治家のみなさん、特に自民党のみなさんは、テロ特措法、あるいはそれと同じような法律を通したくて通したくてたまらないようです。

私たちが見ている現実と、政治家の見ている現実が違うような気がしてならない。

特措法を通さなければ、日本としてとても深刻な事態になってしまう、という危機感が、政治家の中にあるのか、あるいは、まったく別の目的があるのか。

ニュースからは、それは伝わってきません。

どうも、国民と政治家の間には、大きな大きな温度差があるような気がします。

「特措法が成立しなければ、日本には明日にでも爆弾が落とされるんだ!」
「世界中からの食料輸入がなくなる!(日本は食料自給率40%の国です)」
と言われれば、いかに国民だってさすがに特措法のことを真剣に考える。

だけど、そんな情報はない。

国民は、なにか重要な事実を知らされていないのではないか?と勘ぐりたくなる状況が、いまです。

ー重要な事実を知らされていないー

これって、戦時中の日本と同じだと感じているのは、わたしだけでしょうかね。

小沢騒動にしても、なぜ小沢さんが辞めると言い出したのか、きちんと説明された情報は出てきていない。

大事なことを知らないまま、時間はすごいスピードで過ぎていき、やがて忘れ去られていく。

ちょっとこわいな、と思っています。


こんな状況のなかで、わたしがいま一番心配しているのが、
「憲法9条」のことです。

改正案が出てきているのに、マスコミもいまほとんど取り上げていない気がします。

日本人のアイデンティティともなっている9条を変える話であるのに。

憲法9条のことについては、また改めて書こうと思っています。

posted by 朋美 at 16:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

小説

このところ、携帯小説なるものがはやっています。

「赤い糸」という本は、150万部というメガヒットを記録。
低迷が続く出版業界にあって、救世主のような存在になっています。

この本の噂は、以前から聞いていました。

聞いたのは「文章がひどい」という噂。

どのくらいひどいのだろう、と思ったのと、
記念に買っておこう、との思いから、
きのう、1冊買いました。

1冊1000円。

ハードカバーなのに、なかなか手頃な値段です。


ページを開いてみて、噂の真相が分かりました。

最初から最後まで、小学生の作文くらいの、文章なのです。

『今日、○○君に会って胸がときめきました』
『今日、○○君とキスしました』

といったような文章が、ずっと続いていきます。

もし、先人の文学者たちが、
「これが150万部のヒットを飛ばした」ということを知ったら、
熱を出して寝込んでしまいそうだな、と思ったくらいです。


では、どうしてこんなにヒットしたのか。


おそらく、分かりやすかったのだと思います。

小学校中学年レベルの国語力があれば、あの本はちゃんと読めます。
万人が読めるコトバで書いてありますから。

ならば、どうして「あの本はひどい」という評価を得てしまうのでしょう。

ここがおもしろいところです。

言葉というのは、2つの面があると思います。

ひとつは、きちんと伝える手段、という面。
ひとつは、想像させる、という面。

きちんと伝える、という面では、「赤い糸」はとても良い本です。
たいていの人に、ちゃんと伝わりますから。

ただ、想像させる、という面では、それほど良い本ではありません。
「行間を読む」という言葉がありますが、赤い糸は、行間を読むまでもありません。
文字通り受け止めればいいので、なにも想像する必要がないのです。


想像力が不足している時代です。

こんな言葉を投げかけたら、相手はどう思うだろうか。
自分がこう行動したら、周囲にどのくらいの影響が及ぶだろうか。

そこに思いを及ばせることができない人が、増えている。

そんな時代だから、「この本はひどい」という評価が下されるのではないでしょうか。

創造力よりも、想像力を大切に思う時代。

そのターニングポイントは、まだ遠いところにあるのでしょうか。
それとも、かなり近くまできているのでしょうか。
それとも、創造力優位のまま、時間は流れていくのでしょうか。
posted by 朋美 at 22:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

食品の問題

食の問題が「雨後のタケノコ」のように明るみに出ています。

伊勢「赤福」
比内地鶏のくんせい
船場吉兆のお菓子

いずれ劣らぬ「天下のブランド食品」で起こった、表示の偽装事件。

期限を偽ったり、原料を偽ったりと、ウソのオンパレードが続いています。

わたしは、いい機会だ、と思っています。


以前、こんな記事を書いたことがあります。

「どうしてスーパーの団子は固くならないのか」

自分のうちで団子を作ったことがある人は分かると思いますが、
団子って、1日経つと、もっちりフワフワが、カチカチゴワゴワになります。

つまり、固くなります。

でも、スーパーで1パック100円かそこらで売っている団子は、2日経っても3日経っても、固くならない。もっちりのまま。

なぜか。

家庭の団子づくりでは入れない「何か」を、作るプロセスで入れているからです。
(答えは「砂糖」でした)


害があるなしにかかわらず、
大量生産、大量流通が食を支えているいま、
長きに渡って食べものを保存させるために、
メーカー側では、消費者が知らない技術や手法を使っています。

今回の事件では、そんな食品業界の内情がちょっぴり分かった、という意味で、わたしは、良い機会だったな、と思っています。

きっと作る側は「ウソをついていた」というより「手法のひとつ」くらいに考えていたのでしょう。

わたしたちは、いつの間にか、自分で作るはずの「食」を、企業にお任せしてしまっている。
それも、大企業に。

それがいまの食事情だと思います。

冷凍食品、レトルト食品、調理済み食品…。

誰がどこで作っているのか分からないものを、口にしている現状。

何か問題が起こってこないほうが、不気味です。

問題が噴出しているいまのほうが、むしろ健全といえるかもしれません。
posted by 朋美 at 11:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月26日

許しの線引き

ボクサー親子「亀田親子」が、世界戦で反則行為をした、という話題が、連日のように報道されています。

わたしには、これが分からない。

見た感じ、とても生意気で礼儀知らずのボクサーに見えますが、言ってみれば、それだけの話のような気がします。

反則行為については、確かにいけません。
でも、ペナルティを嫁せばそれで一区切りつくと思うのです。

なのに、いつまでもいつまでも、「謝罪がなっていない」「父親を解雇するや否や」ということについて、大騒ぎしている。

わたしには、この光景がとても奇妙に見えて仕方ないのです。


世間は、そんなにこの親子が気にかかるのでしょうか。

いま大問題になっている、憲法9条のことよりも?
年金問題のことよりも?地方衰退のことよりも?


わたしには、そうは思えません。
なぜマスコミがこのニュースばかりやっているのか、
まったく理解できないのです。

しかも、かなり真面目な論調で報道している。

世の中にたまったストレスのはけ口として、
この親子が選ばれているように思えてなりません。


リング上、亀田親子が、ルールに反するアドバイスをした、と言いますが、こんなふうに言い換えてみてはどうでしょう。


例えば、ある子供がケンカに負けそうなのを親が見て、
「がんばれ!あんなヤツ、いてまえ!」
と言ったとします。

これをまわりが
「いてまえ!とは何事だ!!殺人を指示しているようなもんだ!殺人未遂だ!」
と目くじらを立てている。

これと変わらないような気がするのは、わたしだけでしょうか。


どうも、「許し」の線引きが混乱しているように感じます。

いや、世間はすでに、この親子を許しているのかもしれない。
いろいろ評論はしていますが、大問題だとは考えていない気がする。
それよりも、自分が年金をもらえるかどうかの方が、ずっとずっと心配で問題だと思います。

それなのに、マスコミは、どうしていつまでも、この親子を許さないのでしょう。
そしてこのニュースに時間を割くのでしょう。


とても不思議です。
posted by 朋美 at 08:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

自販機

今朝、テレビで、おもしろい自販機のニュースをやっていました。

いまや東京の駅では、売店が「自動化」しているのだとか。

パン、文庫本まで、自販機で売り出しています。

販売側の駅から言うと
「売り子さんの人件費削減のため、こうしたカタチにしました」
と言い、
買う側の消費者から言うと
「便利でいい」
と言う。

ある人は
「店員さんに本のタイトルを見られなくていいから、本の自販機には賛成」なのだと言います。


さて、どうして本のタイトルを見られたくないんでしょう。


本にカバーをかけるという現象と、理由は似ているように思います。


アメリカでは、ペーパーバックの文庫本がたくさんありますが、これにカバーをかけて読んでいる人を、わたしは見たことがありません。

でも、日本の書店に行くと、レジで必ず言われます。
「カバーをおかけしますか?」


良くも悪くも、日本人は、少しでもプライベートな部分を外にさらしたくない、と思う国民のようです。


どんな本を読んでいるかで、ある程度、その人の趣味・趣向が分かります。
いわば、自分の内面が、本のタイトルによって予測されてしまう、とでも言いましょうか。

わたしたちは、よほど自分の内面を他人に知られたくない国民のようです。


それにしても、「便利」という言葉は、ここ何年も、ずっと「いい意味」に使われてきました。

便利だから、という一言で、全部が正当化されていく。

この言葉のもとに、どれだけのものが失われてきたか、みんな気づき始めているのに。


「便利じゃん」「便利よねえ」「便利だからいいじゃない」


「便利」が良い意味で使われていくのは、一体いつまでなのでしょう。

「便利」が悪い意味で使われ始めたら、明らかに、時代の転換期です。

posted by 朋美 at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月24日

世紀末

世紀末が来たな、と実感しています。

世の中で理解不能な事件が次々と起こり、
子供たちがその犠牲になっている。

成長という「希望の芽」を持っている子供たちが、
その大切な命を失っていくのを見るのは、
とてもつらいことです。

こういう世の中を、世紀末と言うのではなかろうか、と思っています。


それにしても、いったい、何がどうなって、
こうも世の中は狂ってしまったのか。


わたしは最近、

「速すぎる時間の流れ」 「目に見えるものへの不信感」

このふたつが、世紀末の風景をかたち作っているように思います。


まずは「速すぎる時間の流れ」。

いま、誰に聞いても「めちゃくちゃ忙しい」「1日24時間以上ほしい」というようなことを口にします。

どうしてそんなに忙しいのでしょうか。

それは、進歩のスピードがものすごく速くなっているからです。

昔なら5時間かかって作っていたものを、いまは1時間で作らなければならなくなっている。

忙しくなるに決まっています。

かくいう私も、ご多分には漏れません。

原稿の締め切りが、明らかに早くなっている気がします。

一刻も早く、少しでも多くの情報を出したい、というクライアントニーズがそうさせています。

いいえ、もっと言えば、たくさんの情報をいち早く見たい、という一般ニーズの成せるワザ、でもあります。


もうひとつは、不信という感情の蔓延です。

不信感は、いつの時代にもあることだと思います。

でも、今という時代で最も特異なのは、
「目に見えるものが信用できなくなっている」という点。

赤福の表示偽造事件、国民年金のずさんな管理、政治家とお金の問題。
これまで「大丈夫」と信頼してきたものが、どんどん信頼できなくなっています。

こんなことが重なるごとに、わたしたちは、目の前に実在するものへの不信感を募らせているような気がします。

たとえば、目の前にある工場で、日常的に不正が繰り返されているような気がしてくる。

スーパーに並ぶ食品すべてが「偽装」しているように見えてくる。

ひいては、自分の上司、同僚、家族にすら、疑いの目を向けたくなってくる。

いま発覚している企業の不祥事は、ほとんどが「内部告発」だと言いますが、それも分かるような気がします。

自分のいる位置を相手の携帯に知らせるサービスも登場しましたが、世の奥様方には、この携帯電話を夫に持たせたい、と思っている人も少なくないでしょう。

コワい時代が来たな、と、身をすくめています。


実在するもの、身近なものを信頼できなくなったいま、
わたしたちはいま、何を信じているのでしょう。


この点について、いまとても興味深い現象が起きていると思います。


わたしたちは、「目に見えないもの」を信頼するようになっている。

ひと昔前、霊を信じるなんて言ったら「ちょっとおかしいんじゃない?」といわれていましたが、いまは逆です。

霊が見える、と言ったら、スピリチュアルな人なんだ、と尊敬されます。


空前のスピリチュアルブーム


科学では到底解明できないものに、わたしたちは信頼を寄せている。
すごくおもしろい現象だな、と感じています。

20世紀最後の年、2000年を、わたしは経験しています。

でも2007年のいまのほうが、ずっと世紀末らしい。
そう思います。


人はどこへ向かい、どうなっていくのでしょう。

ライターとして、とても興味深いのです。

この時代を、できるだけ書き残しておきたい。

そんな思いで、筆をとりました。
(といっても、いまはキーボードをたたく、ですが・笑)

目に映るものをどこまで字にできるか分かりませんが、
この世紀末時代、ライターとしての血が、どうもザワザワと騒ぐのです。
posted by 朋美 at 15:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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